おねのむこうADVANCE

おねむこ医学

擦り傷・切り傷の処置

意外と知られていない「傷」の対処法ときずあとを綺麗に治す方法について

生傷の絶えないわたしたち

trauma1.jpg私たちクライマーはどこで作ったのかもよく分からぬまま、気付けば擦り傷、切り傷、打撲痕など生傷だらけの毎日。放っておいてもたいした問題にはなりませんが、年齢を経るにつれ傷の治りは悪くなり、気付けば手も足も傷跡だらけ。特に女性は気になっている方も多いようです。小学生ならいざ知らず、肘にかさぶたがある大人の女性は珍しいようで、私もよく職場で「それどうしたの」と突っ込まれます。そこでこのコラムでは、形成外科医の視点から「クライマーの生傷」にまつわる四方山話をしたいと思います。

外で怪我をしたら消毒すべき?
今や一般的になりつつありますが、傷は消毒しないのが「きほんのき」。それは木が刺さったとか泥まみれとか、はたまた動物に咬まれた等どんな汚い傷においても同じです。
汚染された傷の場合、まずしなければならないのは流水で十分に洗う事。日本であれば、塩素の含まれた綺麗な水道水が普及しているので水道水でガンガン洗いましょう。痛くても我慢して、傷口に入ってしまった異物(砂など)を残さず洗い流すようにします。異物が残ったままだとそこが化膿する原因になったり傷跡が醜くなったりします。傷が深くて余りに痛いようなら病院へ行き、麻酔をした上で十分に洗うべきです。水道水を使うのが怖い外国などではミネラルウォーターなどを使いましょう。間違っても消毒液を傷口にかけてはいけません。

なぜ消毒液はダメなのか?

shoudoku.jpg傷が治っていく過程、「創傷治癒」は主に3つの流れで進んでいきます。

  • 1. 炎症期(受傷後4〜5日):止血・凝固機能が活発に働くと共に、傷の周囲に炎症細胞が集まって来て異物や細菌、傷ついた細胞などを掃除していく。
  • 2. 増殖期(受傷後1〜2週間):線維芽細胞が集まって来てコラーゲン線維を作ったり、新しい血管が出来たりする。これにより失われた部分は新しい組織に置き換わる。
  • 3. 成熟期(受傷後3ヶ月〜半年):増殖期に出来上がった新しい組織が成熟し、元の皮膚のような丈夫な組織になる。

 ここで、傷が綺麗に治るかどうかは、この1〜3の過程が邪魔されず順調に進むか否かにかかっています。太字部分で示したように、傷の中にある汚いものを掃除してくれるのは消毒液ではなく炎症細胞たちです。炎症細胞が集まって活発に働き、「炎症期」がスムーズに進まなければ次の増殖期も正常に進まず、傷は綺麗に治らなくなってしまいます。消毒液はこの「炎症期」の進行を妨げてしまうのです。傷の中に消毒液をかけてもばい菌は消えません。それどころか、ばい菌を食べて綺麗にしてくれる炎症細胞を殺してしまうのです。「炎症期」がスムーズにいかないと感染して化膿する原因になったり、良質な新しい組織を作れなかったりして創傷治癒過程はどんどん悪循環に陥っていきます。
 また、もう一つ誤解されがちなのが、「じゃあ汚い傷から体内に毒が入ったらどうするの?」という点です。既述ですが、消毒液を傷口にかけたからといって感染予防の効果はありません。傷口からの感染に対しては、抗生物質の点滴や飲み薬によって(体外からではなく体内から)予防します。

傷を綺麗に治すには

20.jpg南沢大滝で負傷したペコマ。この傷は浅く、縫合の必要はありませんでした。それでは、流水で綺麗に洗ったあと傷口をどのように処置すれば綺麗になおるのでしょうか?
まず、傷跡というものは消えません。これは原則です。上記の創傷治癒過程を見て頂ければ分かると思いますが、傷ついた組織というものは元には戻らず、そのかわり「瘢痕組織」という新しい組織に置き換わることで治癒します。つまり完全に元通りになるわけではないので、傷跡は必ず残るのです。これからお話するのは、傷跡をなるべく綺麗に目立たなくする処置についてです。

創傷被覆材(ドレッシング材)の工夫

創傷被覆材(そうしょうひふくざい。ドレッシング材ともいう)とは、傷にあてる絆創膏のことです。どういうタイプの絆創膏を当てるかによって傷の治り方が変わってきます。
まず、一般的な擦り傷、切り傷の処置の基本は「湿潤閉鎖療法」です。簡単に言うと乾燥させず閉鎖空間にしておく、ということです。
傷がいったんかさぶたになってしまうとかさぶたが邪魔をして綺麗に治りにくくなるので、かさぶたになる前にドレッシング材で閉鎖してしまいます。
以下に、病院で主に使っているドレッシング材をご紹介します。ここにあげたものはネットなどで個人購入も出来るようですが、高価ですので似たタイプの市販のものを使えば十分だと思います。

ポリウレタンフィルム材:テガダーム、パーミロールなど
L_08189601.jpgテガダーム。病院では点滴の固定等に使うほか、形成外科では傷の被覆にも使う。 index.php.jpegパーミロール。敏感肌にも使いやすい。浸出液(血や傷から浸み出してくる汁)の少ない傷(浅い擦り傷や切り傷)では単にフィルム材を上から貼付けるだけでOK。薄く軟膏を塗った上から貼ってもいいです。


ガーゼ付き絆創膏
1208837_LL2.jpgシルキーポアドレッシング浸出液が多い傷ではフィルム材だと漏れてきてしまうので、吸水性のあるドレッシング材を使います。ガーゼ付き絆創膏の場合はそのまま貼ると傷が乾燥してしまうので必ず軟膏をたっぷりと塗り、毎日貼り替えましょう。













ハイドロコロイド材(デュオアクティブなど)
4296_2.jpgデュオアクティブETある程度浸出液の多い傷に使え軟膏いらずなのがハイドロコロイド材です。市販の物で言えば「きずパワーパッド」系のものです。ハイドロコロイドが浸出液を吸ってゲル状になるので乾燥せず、防水性もある優れものです。少し深めの傷で浸出液が多い場合は吸水性が追いつかないこともあるので頻回に貼り替えましょう。



上記ドレッシング材を上手に使い分け、効果的なドレッシング(創傷被覆)を行いましょう。
とくにハイドロコロイド材などでは「1週間貼りっぱなしでOK」と書いてあることもありますが、正常皮膚の清潔を保つためにもせめて2日に1回くらいは剥がし、傷の周りを綺麗に洗い(この場合は傷の中を洗う必要はありません。とくに創傷治癒過程の2番にある時に出来上がってきている、未熟で出血しやすい「肉芽」を傷つけないようにしましょう)、傷の周囲の水気をよく取り除いて新しいドレッシング材にかえましょう。


更にきずあとを目立たなくするには

074087_LL2.jpgマイクロポアテープ。茶色なので割と目立ちにくい。最初の洗浄で創傷治癒過程の1番を助け、ドレッシング材で創傷治癒過程の2番を助け、ここまでは順調にきました。最後に、傷が閉じて何も貼らなくてもよくなったあと、つまり創傷治癒過程の3番の段階ではどういった工夫があるのでしょうか。
浸出液が出なくなり、ピンクのつるつるした皮膚が再生したらドレッシングは終了です。これを創が「上皮化する」といいます。しかしこの状態の皮膚はまだ完全体ではなく、これから3番の「成熟期」に入っていきます。この段階で気を抜くと、傷が盛り上がって「肥厚性瘢痕」になったり、体質によっては「ケロイド」化したり、また紫外線を浴びてたちどころに色素沈着(茶色くなる)を起こします。


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 まず、「きほんのき」は遮光です。日焼け止めのことです。傷は一般に、完全に治癒過程が終了するまでに3ヶ月〜半年かかります。最低3ヶ月はしっかりと遮光しましょう。顔や手など日のあたる場所(露出部)には帽子や服、日焼け止めを駆使して遮光します。
また、露出部でなくとも「肥厚性瘢痕」(傷がぼこっと盛り上がる。とくに皮膚がよく動く関節部分に多い)になったり上皮化した皮膚が引き延ばされて幅広な傷痕になってしまったりします。それを予防するため、形成外科では上の写真のような紙テープを傷の上に貼る、「テーピング」をしてもらっています。
テーピングは図のように傷に対して垂直に貼ります。上皮化は完了しているので軟膏等はいりません。ただぺたぺたと貼るだけです。かぶれ防止の為にも1日1回貼り替えます。これを最低でも受傷後3ヶ月は続けてもらうと、傷痕は綺麗になります。このテープを貼る事で日除けにもなるので1石2鳥といえます。

きずあとにまつわるその他Q&A

実際に寄せられたご質問の一部をご紹介します。

  • Q:2ヶ月前につくった傷のきずあとが気になります。病院に行けば治してもらえますか?
  • A:創傷治癒は個人差がありますが3ヶ月〜半年の経過を見る必要があります。傷の赤みは3ヶ月程度をピークとして徐々に白くなっていきますし、3ヶ月〜半年は成熟期の過程で上皮化した皮膚も変化します。傷が最終形態になるまで、受傷後半年間はテーピングで様子を見て、それでも気になるようなら形成外科のある病院に相談してみてください。


  • Q:顔をアックスで傷付けました。きずあとがどうなるかとても心配です・・。
  • A:とにかくきっちりと上記処置を行いましょう。皮膚が張るまでは傷パワーパッドなどのドレッシング材で乾燥を防ぎ、皮膚が張った後もテーピングを3ヶ月は続けます。また紫外線は大敵です。処置をきちんとすれば、頭部、顔面はとても血流の豊富な組織なのできずあとは大抵綺麗に治ります。蛇足ですが、アイスクライミングやドライツーリングは落氷やアックスで顔を傷つけやすいと思いますので、私は予防のためにバイザーを使うようにしています。


文責:chippe

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