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おねむこ医学

凍傷について

冬山に入る登山者にとって必須の知識、凍傷の予防と現地で行うべき処置とは

凍傷に怯えない、楽しい登山のために

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とくに冬山で問題となる”凍傷”。程度の差こそあれ、山に入る人々の間で凍傷はとても身近な疾病で、pecomaやchippeも経験があります。このコラムでは山岳医の観点から凍傷の予防法と正しい処置法について詳しくお話しします。







凍傷とは何か

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まず、凍傷という疾病概念についてお話します。凍傷は「低温による局所の障害」であり、原因は「凍結による組織の障害」「低温による局所の循環(血流)障害」と説明出来ます。つまり、組織が凍る事によって細胞が破壊されること、また血流が悪くなって低酸素に陥った組織が死ぬこと、が凍傷の本態です。

※ちなみに、凍瘡(しもやけ)は「凍結」や「循環障害」といった病態を含まずして起こる表皮の傷害であり、凍傷とは全く別の疾病概念です。



凍傷の原因と好発部位

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凍傷の原因は、組織に対して上記のような状況を作り出す環境、全てということになります。具体的にあげると以下のようなものがあります。逆にいえば、以下にあげたような内容を防ぐ事が凍傷の予防につながります。



  • 寒冷への曝露
  • 風、濡れ、金属(各種ギアなど)との接触
  • 高所(低酸素環境)
  • 靴ひも、アイゼンひも、時計、指輪などによる締め付け(四肢末端の血流障害)
  • 低栄養、脱水、疲労、狭いビバークサイトなどで長時間同じ姿勢や無理な姿勢を続けたことによる末梢の血流障害
  • ストレス(交感神経の過度緊張による末梢血管収縮)
  • 糖尿病、レイノー現象(自己免疫性疾患による末梢血管収縮)
  • 喫煙(末梢血管収縮)、アルコール(利尿作用による脱水)


そして凍傷はより寒冷に晒されやすい露出部、また血流障害に陥りやすい身体の末梢部分に起こりやすいため、手足の指、鼻、耳、頬、顎などに生じることが多くなります。




症状と分類

19.jpg2007年12月に負ったpecomaの足趾の2度凍傷。以来pecomaの足趾は寒冷に弱い。

凍傷の症状は冷感、知覚鈍麻、こわばり感、皮膚色が白〜灰色に変化する、組織硬化、などです。本人が罹患に気付いていることが殆どなので診断そのものは難しくありませんが、現場で重傷度を判断することは容易ではありません。


凍傷の分類は深さによる分類と受傷からの時間による分類が主に用いられており、それぞれ治療などに活用されています。一般の登山書などにもよく載っているのが、凍傷を傷害の深さで表した以下の分類です。

凍傷の分類

表在性
(皮膚は蒼白、弾力はある) 
 
1度  表皮まで(発赤、軽度の腫脹)
2度 真皮まで(水泡形成、著明な発赤・腫脹) 
深部
(皮膚は硬化し弾力もない) 
3度 皮膚全層(皮下組織の壊死、潰瘍形成) 
4度  骨・筋肉に達する(切断を要する完全壊死、ミイラ化) 



この分類自体はとても有名であり、知っている方も多いと思います。しかし現場で凍傷を見た時、この分類が一体どのくらい役に立つのでしょうか?
実は、現場で凍傷の重症度を判断することは難しいです。例えば2度凍傷では水泡形成が特徴的とよく書かれていますが、そもそも水泡は凍った組織が再び温められて血流が戻ってきてからでないと生じません。つまり現場で水泡を見る事は極めて稀なのです。また、見た目や触った感じから組織が硬く凍結しているように見えても、経過をおって見ると2度凍傷であった、という場合もあります。では、山の中で凍傷に遭遇したら、一体どのように対処すれば最も予後(治癒後の結果の善し悪し)を高められるのでしょうか。



救急対処法

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以下に、テント内や行動中にチェックをしたとき、「あ〜、やっちゃったか〜!?」と思ったときの対処法をあげてみました。



風のあたらない場所への移動・退避、撤退の検討

 →勇気ある撤退!重要ですね!そして速攻病院へ!凍傷治療は時間勝負。凍った部分の循環が48時間以内に回復されないと凍った部分を失う(切断する)ことになります。

水分摂取

 →冬山では水分摂取量が足りず、知らず知らずのうちに脱水状態に陥っているもの。脱水は凍傷の大敵!

濡れている手袋・靴下をかえる

 →濡れは冷えを悪化させます。また、後述しますが凍傷部位のドレッシング(創傷被覆)は”ドライ(乾燥状態)”に保つことが基本です。

靴ひもを緩める、時計や指輪を外す、など

 →締め付けを解除します。靴を脱ぐ際は、足がむくんでいると再び靴を履けなくなる可能性があります。その後も行動する必要のある場合は注意を。

凍傷部を同行者の脇の下、鼠径部(またの付け根)におき10分だけ温めて反応を見る

 →後述の「急速解凍」の項でもふれますが、2度以上の凍傷の中途半端な解凍は組織傷害につながるので、とりあえず解凍まではいかない加温をし、様子をみてみる。変化があればまだ凍傷は1度っぽい、全く変化なければヤバいかも?と判断します。

手指・足趾の自動運動

 →動かして血行を促しましょう。ただ、マッサージは禁忌(絶対ダメ、命取り)です。たまに登山書とかにも書かれてますが「こする」とか絶対ダメです。凍傷でダメージを受けた組織は簡単に壊されてしまいます。だから動かすのもあくまで「自動」。もう片方の手で動かすなど(他動運動)もやめておきましょう。


ここまでやってみて感覚が戻らないようなら行動を中止し、安定した場所にシェルターをたてるか山小屋に避難するかして次なるステップへ進みましょう。



凍傷の現場での治療〜急速解凍

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上記応急処置でよくならない、感覚が戻ってこない場合は、すぐに安全な場所に移りましょう。比較的短時間で安全に下山可能な場所に居るなら、病院到着までの時間短縮を最優先してそのまま下山するのもひとつの手です。ここではBCや山小屋やその他安定したシェルターの中での治療を説明します。


急速解凍

 また、登山書でおなじみの言葉が出てきました。しかし、言葉は知っていても具体的にどうすれば良いのか正しく理解している人は少ないです。ここでも詳しく説明していきます。

方法:37℃程度のお湯(可能なら消毒液を含んだ)に凍傷部位を入れ、爪床(爪の下の皮膚)の血流が戻るまで、もしくは組織が赤・紫色になり柔らかくなるまで温める。約1時間はかかる。

  • Q:湯温37℃はどうやって測るのか?→ふつう山に温度計など持っていってません。下界でお湯をわかして温度を測り、「37℃ってこの位か」と知っておく必要がある。また大雑把な指標として、肘(手ではない)をつけてみて30秒以上つけていられる程度の温度、ということで判断してもよい(42℃以上では火傷の可能性があり危険だが、これをクリアできれば概ね42℃以下と判断できる)。
  • Q:いつまでたっても皮膚の色が戻らない→重度の凍傷では解凍しても色の変化が無い事があります。ので、この場合は患部の色の変化が停止したら終了としましょう。
  • Q:どうやって湯温を維持するのか?→鍋をコンロにかけた状態では倒しそうだし、鍋の中で温度ムラができやすかったり急に温度が上がったりして危険。最初にお湯をつくったら鍋をコンロからおろして患部をつけ、違う鍋でお湯をわかして湯音が下がったら継ぎ足す、という方式がベスト。
  • Q:水がないからコンロの火で温めるのはどうか?→凍傷部位を火焔や温風で温めるのは禁忌です!凍傷部位は感覚が鈍くなっているので簡単に火傷を負います。温度の確認もできないし、凍傷部位全体を均一に温めることも出来ません。

その他留意事項:

  • 十分な大きさのコッヘルを使う(凍傷部位がすっぽり入るように)
  • 解凍を始める前に鎮痛剤を飲む(感覚が戻って来たらとても痛いです)
  • 中途半端な解凍は予後を悪くする。一度解凍をはじめたらしっかりと解凍しきらなければならない。

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急速解凍後、局所処置

急速解凍をしたということは、「即ヘリを呼ぶ」とほぼイコールであると言っても過言ではありません。なぜなら、急速解凍後の再凍結は凍傷の予後を著しく悪くするからです!
つまり、再凍結の可能性がある場合は急速解凍をしてはいけない、ということになります。急速解凍後の組織は非常にもろく傷つきやすい状態です。ふにゃふにゃだし出血しやすいし感染しやすい、非常に扱いにくい状態です。そのため、少しでも機械的刺激を与えず、やさしくやさしく扱わなければなりません。このことから、手であれば手袋を再びはめることは困難だし、足であれば歩行は当然禁止です。

言い換えれば、急速解凍をやろうと決断できる環境というのは非常に限られている、ということですね。決して安易に行ってはならない治療です。

また、急速解凍後は清潔なガーゼなどでやさしく水気をとってよく乾かしたあと、清潔なガーゼなどで表面を保護し、局所を心臓より高い位置に上げておきましょう(RICEのElevationと同じ原理)。
ここで、きずあとのお話の時は創傷被覆の基本は湿潤・閉鎖でしたが、凍傷の場合は極力乾燥状態を保つようこころがけます。
また、水泡は感染予防の点からもなるべくやぶかないようにしましょう。もしやぶれてしまった場合も軟膏などは使わず、乾燥状態でガーゼで保護します。

現場での薬の使用については、痛み止めは積極的に飲んでもらったほうがいいですが(患者の苦痛が大きいため)、その他の薬剤の使用は病院にお任せすればいいと思います。



凍傷を負ったら〜下山後

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現場で出来る事は以上です。下山したら速やかに病院へ行きましょう。
病院で行われる検査、治療には様々なものがあります。以下はその一部です。


  • 薬物治療(低分子デキストラン、プロスタグランジンE1など)
  • 交感神経ブロック
  • 高圧酸素療法
  • 外科的処置(デブリードマン、切断など)
  • リハビリテーション


なお、一度凍傷にかかった組織は寒冷に弱くなり、凍傷にかかりやすくなります。次回以降の山行ではより一層保温に気をつけ、凍傷予防に留意しましょう。
重度の凍傷では切断を余儀なくされることもありますが、大体4週程度待って壊死部との分解線がはっきりしてから手術を行うことになります。


実際のケースから考える〜凍傷になりやすい環境とは?

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ここまで、凍傷とはなにか、凍傷になったらどうすべきかという一般論についてお話してきました。これらの基礎知識をふまえ、私が伺ったある実際のケースを通じて、凍傷についてより深く考察してみましょう。



実際のケース
 ある高峰登山で凍傷になった方の例を参考に考えてみます。その方は結果的に重度の凍傷を負ってしまいましたが、その山行を細かく分析していくと、凍傷の一因になったと思われる様々な要素が浮かび上がってきました。

  • ルートは常に寒冷環境下におかれていた
  • 軽量化のため燃料を少なくした結果水が作れず、極度の脱水状態に陥った
  • 未踏ルートの登攀ということで極度の精神的ストレスがあった
  • 安定したビバークサイトが少なく、ハーネスにぶら下がった状態が多かった(下肢の虚血)

また、この例では1名は重度の凍傷を負ったもののもう1名は免れました。この違いとして考察されたのは以下のような点でした。

  • 1.凍傷に陥ったクライマーが主にリードを務めていた(精神的ストレスの差)
  • 2.摂取した水分量、摂取カロリーは同じだったが、2名に体格差(凍傷を負ったクライマーの方が身体が大きい)があった。(相対的水分、カロリー不足か?)

私は個人的に、凍傷においてこの1番目にあげた「精神的ストレス」はかなり関与してくるのではないか?と感じています(科学的根拠はありません)。私は、自分にとって挑戦的な登攀時にはとくに、知らず知らずのうちにストレスがかかって凍傷になりやすくなっていると考え、なるべく心を軽く保つよう心がけていたりします。

また、この2番目の項目については議論の余地があります。そもそも摂取カロリーを決める基準は体重でよいのか?体脂肪率、筋肉量の違いやBMIで表現される身体付きの違いはどう考慮されるか?また、身体が小さい方が体重あたりの表面積は大きくなるため放熱しやすいのでは?更に、凍傷は主に四肢末端部に出来る。ベルクマンの法則(身体が大きいほうが保温に有利)だけでなくアレンの法則(身体の末端が大きいと放熱が大きい)も考えるべき。

色々考えはじめると面白いですね。



凍傷まとめ。しっかりと予防を!

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このように、凍傷になりやすい環境は冬山の至る所に潜んでいます。真っ白い山の姿に魅了された人々にとって、一度かかってしまうとかかりやすくなってしまう凍傷は悩みのタネです。行動中は常に凍傷の危険性があると考え、しっかりとした予防をしてください!




参考文献:高所における凍傷(金田正樹)、寒冷.救急医学(長尾悌夫)、Frostbite in a mountain climber treated with hyperbaric oxygen:case report. Mil Med, 172:560-563,2007(Folio LRら)、登山の医学ハンドブック(杏林書院)、外傷形成外科(京誠堂出版)、形成外科 51巻増刊号 外科系医師のための「創傷外科」up date(2008)、形成外科 49巻増刊号 顔面・四肢外傷のABC(2006)、救急診療指針 日本救急医学会監修(へるす出版、2003)、登山医学入門(山と渓谷社)、IKAR 山岳救急医療部会による勧告 2000、2012年度認定山岳医講習会 八ヶ岳クラスタ配布資料「凍傷」、寒冷ストレスとラット赤血球グルタチオン代謝,登山医学,vol.11:115-119,1991(大野ら)、

文責:chippe

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