おねのむこうADVANCE

2016年9月2日〜4日 大井川赤石沢

赤石沢に抱かれて。


 7月に遡行したナルミズ沢ではカメラを忘れ、iphoneで写真を撮った。主に濡れた沢グローブが原因で、じわじわと湿気を帯びていったiphoneは最終的に故障。今持っているのは新しくしたiphone SEだ。つまり同じ過ちを1シーズンに2度は繰り返せないということだ。

 写真を撮る、という行為を頭の中から追い出した。すると目の前のプロブレムをただ遂行し、美しい景色をただ美しいと感じるだけでよくなった。はじめのうちはあっと声をあげたくなるような景観についカメラをまさぐってしまった私の手も、少しするとその条件反射をやめた。私の手はただ岩を攀じり、水をかくだけ。憑きものがおちたように身軽になった。
 山、とくに沢登りなどは本来そうして楽しんで、美しい景色と思い出は自分と深い谷の中だけにしまっておくのが正しいスタイルなのではないか。ホームページ管理者として不適切のような考えが浮かぶ。
 そういうわけで今回は文章に力を入れてみる。元来文章を書くのはとても好きな行為である。



 ニエ淵と呼ばれるゴルジュ帯は長い。ぐらぐら揺れるハーケン2枚のうち1枚に90%くらいの加重が偏ったお助けスリングをたよりに滝つぼの真上をトラバースする緊張の一瞬。大きな釜の水流を眺めながら、突如走るイワナの影に心躍る一瞬。左へ直角に折れ曲がっている数メートルの廊下状を突き当たりまで一気に泳いで右岸の岩に乗り上がる。浮力から解放されるその瞬間、とたんに強い重力を感じ沈みかけるも、握りしめた右手カチとプッシュした左腕に渾身の力を込めると、ザックの水抜き穴から水が抜けていくにつれ抵抗がするすると減り、身体が徐々に上がってくる。後はすかさずハイステップで片足スクワットさながらの立ちこみ。ここまでくればほっと一息、強ばっていた腕の力もすっと抜ける。

 ゴルジュ帯がやがて終わると巨岩の迷路となり、ボルダリングもとい落ちてはならないフリーソロの連続となる。どこを登ってもいいのだが、大抵は1つのライン以外とても悪い。山の壁を登るのと同じく弱点を探すパズル解きになる。ラインはその多くが巨岩と巨岩の間を登るか胸ほどの高さへのマントルになるため、ワイド登りとプッシュを多用する。



 遡行から4時間半が経とうというところで巨岩が薄れ、沢幅が広がってきた。
「ああ、ついたね!」
 取水ダムに到着。時間は13時すぎくらいで、これから休憩することを考えるとほぼガイドブックのコースタイム通り。
 ただ、今日はなるべく先の方、出来れば大ゴルジュ手前の標高1800m付近まで足を伸ばしたいのでやや遅い。
堰堤に立って上流を眺める。ここから一面プールとなっていることもあるはずなのだが、今日は堰堤から川床まで2m近くの段差がある。水深計を見るとほぼ干上がっているといっても過言ではない水量の無さ。
このダムから上が赤石沢本来の水量ということになる。やはりここも水不足が深刻なようだ。
 この先の行程は通常と比べれば容易なものになることが予測できた。ひとまずここまでの疲れを癒すため、暖まった堰堤に腰を下ろして小休止とした。ザックの雨蓋から行動食を取り出して頬張る。

 今回、行動食をふくめ食糧は全て私が2人分を用意した。単身で遠い南の島に勤務しているペコマは島から戻ってきたその日の夜に出発し、ここへ来た。共同装備も私が準備。個人装備は前回島に戻る前にペコマ自身により用意してあったものを車に積んだ。パッキングは前夜に駐車場でやった感じで、強行軍といえば強行軍。胎内川にも行きたい気持ちがあったがさすがに遠いのでやめて赤石沢を選んだ。それでも直前まで本当に行くのか半信半疑だった位だが、ここまでの行程で2人とも決断は正しかったと確信していた。
「本当に綺麗だし、面白いね」
「ここまでで、すでに来て良かったって思うよね」
「うん。本当に来て良かった。大きい沢なんだけど大味じゃなくて、退屈な河原歩きも一切ないし、上ノ廊下よりもゴルジュ地形が顕著だし」
「色々させてくれるかんじ。やっぱり沢はこういうのが楽しいよね」
「でもやっぱり水は少ないのね」
「そうだねえ。こっから先はさくさくでしょう」


 ここから砂利の川床へ飛び降りるには少々気が引ける高さだった。10分ほど休憩してから、フローティングロープをはしごにかけてゴボウで降りる。
 ほどなくして右へ北沢を分け、大きなものを含めいくつかの滝をこえてゆく。これが丹沢の遡行図ならFとして記載されていてもおかしくないようなものが連続するが、ここで全ての滝を記載していたら紙がいくらあっても足りないだろう。水量によってもちろん難易度に差は出るはずだが、単純に水の量と難しさが比例の関係となるわけではない懐深さが感じられる。つまり、水量によって迷路がその形を変えるといったほうが正しいか。CS滝やトイ状滝をぐいぐい登り、深い淵の上流へ向かう流れをビート板泳法で泳いでまた滝に取り付くアドベンチャーワールド。そんな1時間ほどの遡行をすると、ついにそれは現れた。余りに巨大なチョックストーンが沢幅いっぱいに、正に門番のように立ち塞がっている。この沢のハイライト、門ノ滝だ。


 写真と比べるとここも水量は少ないが、流石に高撒きとなる。右岸の側壁からバンド伝いに歩いて行くと左から合流する沢を隔てた向こうの側壁は一気に傾斜が立って悪そうだった。
「・・あそこ登らないといけないの?」
「すごい悪そうなんだけど」
「さすがにロープ出すか・・。でもプロテクションはとれるのか?」
「いやー・・、あそこ登るの、結構ヤバいね」
 沢が落ち込む少し手前まで進み、比較的広いテラスでロープを出した。私がリードする。
進み始めてほどなくして、状況を理解した。
ガイドブックに『間違っても右岸の岩壁を登ってはいけない』とあったが、それが正に今見たそそり立つ岩壁だ。
ここから直上へ草つきをかなり上まで登り、樹林の中を歩いて落ち口を高撒くのが正しそうだ。ラインが見えてきた。
 そうとわかれば難しい所は無かった。登り始めてすぐ残置もちらほら見え始めた。3ピッチほどで滝上に出て、あとは歩いて川床へ降りた。

 時間はそろそろ15時。ビバークサイトを探しながら更につめるかどうかといったところだ。しかしたちまち快適なサイトが3つほど目についてしまう。水量が多ければ水に沈んでいる場所ということだろうが、流木も大量で薪天国。どうやらこの先の遡行も厳しくはなさそうだし、天気予報も明日は悪く無い。今日はもうここら辺でビバークか、と一度思い始めたら最後、頭の中は岩魚とビール、焚火のぬくもりで完全に埋め尽くされてしまった。



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