おねのむこうADVANCE

2016年9月2日〜4日 大井川赤石沢

南ア南部の奥深い谷へ。

夏休みに憧れの黒部上ノ廊下を遡行したが、今年は水不足で拍子抜け感が否めなかった。そのために用意したウェットスーツのつなぎやライフジャケットもまだ真価を発揮しきれていない。乾いた岩シーズンが到来する前に、登り応えのある沢で今期の沢納めをしたい。2泊3日程度で行き先を吟味し、決まったのは「沢の王者」との異名も持つ南アルプスの懸谷、赤石沢だ。

P9020030.jpg9/2 東海フォレストの送迎バスを利用して入山する。この林道は歩くと入渓点まで5時間ほどを要する。今年の2月にSくんと3人で歩いた道だ。下山時はうんざりしながらなんとかこなしたこの林道に、同じ年の夏、沢登り目的で再訪しようとは当時知る由もなかった。

 前夜に新東名の新静岡ICから長い長い林道をひた走って辿り着いた「臨時駐車場」。大駐車場で車も沢山停まっていたのでとりあえず停車し、酒を呑みながらパッキングして就寝した。翌朝、バスがどこから出るのか半信半疑で5時に起床する。バスを待つ人の列は出来始めていたが、念のため畑薙第一ダムまで見に行ってみる。すると看板に「バスは臨時駐車場から出ます」と書いてあったのでまた戻って待った。

 噂通りバスは予定の7時半より少し早めに到着し受付を開始した。一組ずつ、乗車の際に行程や宿泊予定地を尋ねられている。このバスはこの山域の定められた山小屋に宿泊することが条件となり乗車出来るというルール。私たちは赤石沢を遡行して百間洞に泊まるつもりであることを伝えた。
「頑張ってくださいね。ちゃんと泊まってね〜」と運転手さん。入渓点でおろすから最後に乗るようにと言われた。

 バスの車窓から赤石ダム沿いの景色を眺め、半年前の吹雪の山行に思いを馳せる。ほんの1時間ほどでバスは「赤石沢川」と書かれた看板の前で私たちを下ろしてくれた。
「じゃ、頑張ってね〜」
この日のバスでの入渓者は私たちだけのようだ。運転手さんに会釈をすると、バスは軽快に走り去って行った。
はやる気持ちを抑えながら入渓の準備をはじめる。天気は最高で、赤石岳山頂をバックに記念撮影が出来た。8時20分頃、ついに遡行を開始した。



P9020034.jpg左岸の踏み跡を進んで恐ろしげな吊り橋に至る。定員3名と書かれた今にも落ちそうな吊り橋を渡った先で入渓。水深計があり、80cm付近を指している。ここの徒渉で水深が腿まであるようなら取水ダムまでの遡行は厳しいものになるそうだが、何となく腿まで浸かりながら徒渉した。

 入渓するとすぐにその美しさに心を奪われた。渓相は繊細で日本的。今期遡行したナルミズ沢のような煌びやかさは無く、上ノ廊下のようなダイナミックさも無い。そこにあるのは灰白色の敷石の中に散らばるラジオラリアの赤石、緑の苔と透き通った水が織りなす洗練された渓谷美、いわゆる「わび・さび」の世界であると思えた。



P9020040.jpg取水ダムまでの行程はイワナ淵、ニエ淵と呼ばれるゴルジュ帯の連続だ。泳ぎ、へつり、徒渉、ジャンプ、巨岩のボルダリング、残置を使ってのエイドなど、あらゆる技術を駆使してパズルを解く感覚で遡行していく。単調な河原歩きは皆無だ。とくに徒渉とジャンプがきつく、ペコマが難なく通過するところで苦労した。

 イワナ淵は入渓ほどなくして現れる大きな釜を持つゴルジュ滝からはじまる。左岸が絶壁となっており巨岩との間に数メートルのゴルジュ滝を形成している。通常は泳いで右岸をまけば簡単だが、ペコマが水線突破する。左岸を泳ぎ、なんとかヤツメとブリッジングで抜けた。ザックピストンを試みたものの15mのフローティングロープでは長さが足りず、ロープの流れが右岸から流心へと行ってしまう。激しい水流に阻まれて前進は不可能と思われたので、ザックだけをロープにつなぎ私は右岸の岩壁をワイド登りで抜けた。

 つづくナメ滝を有する大きな淵は何故か水流の中に残置トラロープが伸びている。左岸から右岸へ飛び移ろうとするもその距離に足がすくむ。小さな足場からのジャンプなのでほとんど勢いもつけられない。
ロープを付けた方が無難と判断しペコマにロープを投げてもらう。しかしなかなかうまくいかず、何度目かのスローでキャッチしようとして足を滑らせ滝壺に落下。水を飲みながら脱出した。
 再度ロープを投げてもらい、今度は掴んだ。ロープをつけて、全力でジャンプ!しかし着地点は予想通り滝の流心スレスレ。そしてつるっとしたスラブ上でたちまちフェルトソールが滑り始めた。引っ張ってもらい何とかリカバー。ロープをつけていてよかった。

「ちっぺ、ちゃんと水飲んでる?」
「うん、さっきも流されながらいっぱい飲んだよ」
「それって、溺れてただけじゃ・・」
「そうともいう」

こんな調子で貸し切りの愉快な遡行が続く。

P9020045.jpg 続くニエ淵も大きな淵と滝の連続だ。水温は低く無いが、水に浸かっている時間が長いので冷えてくる。この途中、小休止中にペコマのμtough TG-4のふたが開いていることに気づく。確認すると電源がつかない。昇天されたようだ。toughとは言いがたい気が多々するこのカメラ。買ったばかりだったと思うのだが・・。ここでペコマカメラの撮影は終了となった。

 更にゴルジュ突破が続いて行く。右岸にお助け残置スリングのある巨岩をもつ小さなゴルジュ滝。右岸をまかずに左岸から水線突破を試みる。私が先行して側壁をヤツメでぬけ、滝の中へ。ブリッジングでなんとか超えられた。途中、ぶら下げて引っ張っていたザックが滝の流心に入り強い衝撃を受けた。滝を超えてザックの肩ベルトに手をやると、なんと私のμtough TG870がスリングの先から消えていた。
 こうして2人ともμtoughをlost。値段にして十数万が消えたことはさておき、最も大切な記憶は写真などに残るものではないと言い聞かせて遡行を続けることにする。



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